人が全てだと感じる事

フリーランスとして活動していると、なかなか相談事をする相手がいなかったりするものです。

幸いにして、私の場合はご贔屓にしていただいているマーケターさんがいらっしゃるので、お仕事の打合せにかこつけて、時々「愚痴」を聞いていただく事もあったりするんですね。本当に助かってます。

私の持論として、お仕事をさせていただく事にたいして、自分の技術を磨いていく事は必須だと思っています。お仕事って、恐らく「誰かの代わりに何かをして対価をいただく」事だと思っておりまして、依頼主ができない事を「代打する」のが、私のお役目と感じる訳です、

なので色々勉強したり、人の話を聞いたりして、新しい事を仕入れる。自分の中に今までなかった物を入れる事で、また新しい変化が起こったりするものです。

ただ、新しい情報を仕入れるだけでは、それは「知っているだけ」という事で、「それを使って何かにする」をしないと、宝の持ち腐れとなる訳です。宝なのかどうかも微妙な所ですよね。

なので「まずやってみよう」の精神はとても大切で、ここを忘れて、勉強をしただけで「自分が高まった!」と思ってしまうのは、とても危険な事なんじゃないかって、そう思う訳ですね。

そうやって得た技術は、その人の「底力」となる訳ですが、実はその「底力」だけではダメなんじゃないか?って、最近よく思います。いくら仕事の出来る人でも、「なんか仕事しにくいなー」と、そんな事を感じる事がります。いや、むしろ「この人に関わりたくない」くらいに思ってしまう事も。そうなると、それはストレスとなり、お仕事の品質も落ちていく・・・なんて言うことも避けられなかったりします。

「人を大切にしよう」・・・こんな事は、小さい頃から親や先生から沢山言われてきています。とても当たり前な言葉に感じますが、大人になってお仕事をしつつ、色々な方と関わるようになり、つい忘れがちな事ですが、やっぱりとても大切な事なんじゃーないかと。

とかく「技術力」が問われるお仕事の世界ですが、その前に「やっぱり人柄がちゃんとしてないと」と、その人の仕事力を認めつつも、どーしても人柄の悪さで、嫌な気持ちになってしまう・・・って、人間だったら当たり前に感じる事なんじゃないかな?って思います。

一緒にお仕事をする方々には、それぞれの立場あります。でも、その立場は「役割」にしかすぎず、仮に「依頼主と下請け」という関係であっても、お金の流れの方向はある物の、そこに「こっちの方が偉い」なんて言う事はないんだと思います。

私は外注さんにお仕事をお願いする時、やはり「自分ができない事を代打してもらう」という意識になります。そして、その「代打」をしてくれる人がいなければ、今ここにあるお仕事はなかったのだと思う訳です。

私に関わってくれる方全てに感謝して、そのお返しをすべく自分も気持ちを持ってお仕事をする。単なる技術力と言うよりは、色々な方に感謝の気持ちをもってお仕事をする事で、自分の技術も生きてくる。じゃないと、それすら発揮できない。つまり、いい物が出来上がらない・・・となる訳です。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」・・・とかくグローバル社会とか言って、自分をグイグイ押す事が良しとされる昨今ですが、奥ゆかしき民族である日本人はその限りじゃありませんし、やっぱり人を思いやり、自分を抑えてでも人のために動く事ができる人って、私は「気持ちがいい」と感じます。だからその人のために、私も何かしてあげたい・・・と思う。お仕事はそこに「対価」がくっつくだけなんじゃないかなって思います。

偉ぶるのは格好悪いです。上から物を言うのもダサイです。仕事に対しても、人に対しても、もっと格好よくたち振る舞いたい。

そんな事を思う昨今でございます。

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